例えるなら彼は決して中和することの出来ない毒のようだ。







「アリババくん」

中庭に腰を落ち着け暮れゆく空を見上げる彼。名を呼べば慌てたようにこちらを向き、ジャーファルさんと唇が動いた。なるべく優しく見えるようにニコリと笑えば彼もまた疑うことなく顔を綻ばせる。

(なんて素直)


「一人でどうかしたんですか?」

彼の傍らまで歩を進める。空が綺麗だったからと答える彼に、君の方がよっぽどだなんて陳腐な羅列が過った。澄んだ空気の中、様相を変えていく世界の色は光を吸収しながらその彩に幕を引く。カーテンフォールにお手を拝借。

「あまり暗くならない内に戻って下さいね」
「はい」

儀礼的なまでのマニュアル片手に文字を落として踵を返す。サラサラと揺れるアリババの髪だけがやけに瞼の裏に刻まれた。琥珀の明度に網膜を焼かれ、甘やかに燻る火種に心臓の裏が焦がされる。望まない現実のレールと手繰られる糸を恨めしく思う程にはこの現状に参っているのか。柔らかそうな白磁の肌に埋め込まれたパーツは、どうしたって自身のあらゆる細胞に染みつき方位の磁針すら狂わせていく。

(ああ、いえ…これは言い訳でしか)

ソレに他ならないというのに。皮肉気に歪む表は果たして仮面に乗った私のパーツか。己がすら糸を巻きつけ動かし傍観できるだけの特異な訓練はいつ終わった?振り返ることが出来るくらいには年数を経たというのに。あの少年の座す地に足先を触れさせた時点で負けは決まっていたのだろうか。

(そも勝負であっただろうかいやまさか)

アリババくん
アリババ“くん”だなんて、
そんな称を自然に付ける程には彼は自分にとって危険であった。確かにそう感じたのだ。そうしてそれに間違いようもなく、対象的なまでの対角線上で最も相応しい言葉を用意するなら毒だろう。それも対処のしようがない猛毒。いくらそれと分からぬように壁を隔てたって意味なんてない。

(まるで麻薬と毒を交互に与えられているようだ、と)

アメとムチ理論ですらないこれの残酷性は凄まじく。嗚呼お分かり頂けるだろうか。酩酊から醒める約束も無く次を欲するばかりで未来など不確定なものに縋ることも出来やしない。…先ほどのように声を掛け、傍に寄る様な行いをした時点でもう。


「私の末路にそんな選択肢など不要だというのに」


陽の透明が回転をして温度すら連れ去っていく。薄暗い景色の一角にこそ私の寄る辺があったというのに。ああどうすればいいのか、なんて、
(大体にしてこんなのは私の内部事情にして誰彼に相する要項などでは無いのだから)




世界を噛み砕き
私怨を飲み干し
別離を手折った


(いい歳をして)
(何かを自由に描き進む日はもはや)


「そうでしょう?」

アリババくん
君にとって僅かであれ、先に見るものが幸福であるように













(そこに私の姿など、一欠けらたりともなくていい)